
第5回 ~会計の誕生~
簿記と株式会社
イギリスの東インド会社は、株式会社化したことで資金が豊富になり、組織力も強化されました。それに伴って、営業活動も大規模で複雑になりました。多種多様な商品を扱うようになり、所有する財産も増え、本国と貿易相手国間での貸し借りも頻繁になりました。
一方、そうしたスケールの大きな活動を継続していくとなると、会社全体を体系的に管理する必要が出てきます。既にイギリスに伝わっていた複式簿記が持つ資産の管理、売買を記録する仕組みは、この必要性にピタリと合いました。また、複式簿記で記録すれば、元手と利益を分けて記録することができます。
現在の株式会社は、株主から出資を受けて会社を設立します。そして、そのお金を出資者に払い戻すことなく営業を続けます。その一方で、定期的に利益を株主に還元します。今では当たり前になっているこの仕組みは、このように簿記と株式会社が出会うことで、はじめて可能になったのです。
投機と株式会社
イギリス東インド会社の成功は、株式会社という仕組みを広く普及させました。本来、国王からの勅許が必要だったにもかかわらず、無認可の株式会社が多数設立されるまでになります。その一方で、株式の売買が活発に行われるようになり、投機熱が高まります。
そういった状況の中、南海会社という株式会社が勅許を受けて設立されます。その会社は、巧妙な策を用いて自社株のつり上げを図りました。本業の貿易が全く振るわなかったことによる苦肉の策でしたが、折からの投機ブームが追い風となって、株価は急騰します。そして、わずか数カ月の間に10倍ほどにも膨れ上がると、投機熱は更に加速しました。それと同時に、投機に流れるお金を求めて、様々な株式会社が次々に設立されます。中には実態のない「バブル」な会社も含まれていましたが、それでも人々は株式の購入に群がりました。
そんな加熱しすぎた状況に対して、政府は無認可の会社を取り締まる法律を定めます。そして、裁判所がその法に基づいた告知を出すと、ようやく事態は沈静化に向かいました。しかし、事態は熱が冷めるにとどまりませんでした。下がり始めた株価はとどまることなく下がり続け、あらゆる株価が大暴落します。その結果、経済は大混乱に陥り、破産者や自殺者が続出、社会は大恐慌に陥りました。
簿記から会計へ
「南海バブル事件」と言われるこの騒動の影響によって、一時期株式会社の設立は大きく制限されます。しかし、18世紀末から始まった産業革命が、状況を変えました。
蒸気機関の発明は、機械や鉄道を利用した新たな産業を生み出しました。そうした産業の中心となる工場設備、鉄道施設といった固定資産の建設には、巨額の資金が必要になります。そのため、多くの人々から多額の資金を集めることができる、株式会社の仕組みが必要になったのです。
幾度かの改正をへて、19世紀半ば過ぎには近代的な会社法が成立し、株式会社は新しい時代をささえる会社制度として定着していきました。
ところで、株式会社の仕組みを利用して集められた資金は、大部分が固定資産の建設に使われました。そういった固定資産は、長期間使われますが永久ではありません。それは年々老朽化していき、やがて使えなくなる時がきます。このことを無視して株主に利益の配当を行い続けるとどうなるでしょうか?会社にお金がストックされず、買い替えや建て直しの時に資金が足りなくなってしまいます。
とはいえ、定期的に利益を配当しなければ、それを求める株主達は納得しません。つまり、長期的な視野で会社経営を行いながら、配当を求める株主達をも満足させる必要がでてきたのです。この問題を解決するには、時間がたつにつれて目減りしていく固定資産の価値と利益を同時に計算できるような、合理的な方法が必要でした。
また、経営と完全に分離した株主にとって、経営状態を知る手段は財務報告だけです。経営者達には義務が課せられました。複式簿記で記録された会社の財産状況や活動の成果を、定期的に財務諸表にまとめ、それを株主達に報告しなければならなくなったのです。
固定資産をどのように処理するのか?利益をどのようにして計算するのか?また、会社の経営情報を株主にどのようにして報告するのか?産業革命によって生じた様々な問題は、複式簿記の問題解決能力を超えていました。
会計は、このとき生まれました。時代の変化に対応して経営上の新しい問題を解決するため、そして、すでに完成されていた複式簿記の機能を補うために、会計は生まれました。つまり、時代とともに形をかえる会社財産や経営活動を複式簿記で記録できるように解釈し、また、複式簿記によって記録された情報を財務諸表の形に表現する為の技術として、会計は誕生したのです。
複式簿記はイタリアで誕生し、イギリスで株式会社と結びつきました。その後、産業革命を通過することで会計というより大きな領域へと発展し、その中心システムとして定着しました。
20世紀に入ると、資本主義の歴史の中で会計は体系化され、その領域を拡長していきます。既に完成されたシステムであった複式簿記は、その一部という位置づけになりました。とはいえ、複式簿記なくして会計は存在できません。歴史において、また構造においても、複式簿記は会計のルーツなのです。

参考文献
「会計発達史」 A.C.リトルトン著、片野一郎訳 (同文館出版)
「近代会計成立史」 平林喜博著 (同文館出版)
「新訳会計史」 O.テン・ハーヴェ著、三代川正秀訳 (税務経理協会)
「中世イタリア複式簿記生成史」 橋本寿哉著 (白桃書房)
「複式簿記の構造と機能」 中野常男編 (同文館出版)
「簿記の考え方・学び方」 中村忠著 (税務経理協会)
「簿記の歴史」 上原孝吉著 (一橋出版)
「歴史にふれる会計学」 友岡賛著 (有斐閣アルマ)




